ジャパンセキュリティサミット2019 Day3 PM ―シニアや女性の力を活かす研究や教育の実際

Japan Security Summit 2019のDay3の午後の部では、狭義の情報セキュリティから視野を広げ、セキュリティ人材育成や女性・シニア研究者の活動をテーマにした2つの座談会が行われた。

 

第一部の座談会では、各界を代表する5人が登壇者し、まずミニ講演会が行われた。登壇者と講演タイトルはそれぞれ、電子情報通信学会 光輝特別研究会委員長の並木淳治氏が「電子情報通信学会における光輝会活動」、東京大学名誉教授の青山友紀氏が「IEEEのシニア・女性の研究・教育活動支援」、ADIN.INC Chairmanの佐々木浩二氏が「シニア経営者の起業の楽しみ」、東京工業大学名誉教授の伊賀健一氏が「光と音の日々:面発光レーザーとコントラバス」、中央大学研究開発機構 機構教授の白鳥則郎氏が「政府系プロジェクト研究(SCOPE)におけるシニア研究者の活動」というものだった。

 

座談会は、ブロードバンドスクール協会 理事/老テク研究会 事務局長の近藤則子氏と、電子情報通信学会前会長の安藤 真氏の両氏が司会を務めて進んだ。

 

司会の安藤氏が「電子情報通信学会の会員数を年齢別に見ると、学生が多く社会人になると一度やめて、40代がピークになる。それ以上は徐々に減っていくが、70代からは減らない。(教育と就労を交互に繰り返す生涯教育である)リカレント教育を進めるには、こうしたシニアの方々に協力していただきたい」と切り出した。同じく司会の近藤氏は「小学生のプログラミング教育も始まるが指導者の不足が懸念される」と問題を提起した。

 

電子情報通信学会の並木氏は、「2つも問題は関連している。小学生に指導できる人材がいるのか。小中学校でプログラミング教育をする必要があるとき、知見のあるシニアが地域社会や家庭に入って子どもたちを指導するということを考えなければならない。通信学会がどこまで手を伸ばすかが課題だ」と指摘する。東京大学の青山氏も「プログラミング教育は重要だ。日本はソフトウエアが弱いと言われながら、進歩していない。新しいソフトウエアは海外から生まれている。一方で、3歳の孫はすでにスマホを使いこなし、AIやスマホに小さい頃から接するようになっている。ソフトウエア教育を学校に投げてもだめなのではないか」と語る。

 

ADIN.INCの佐々木氏は、「マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの創設者のニコラス・ネグロポンテは、100ドルコンピューターを子どもたちに配布すればいいという。日本の文部科学省にはそういった大胆な発想に欠ける。手元にコンピューターを置いて、アニメや漫画なども含めたコンテンツの中で自然に覚えるようにすればいい。教育するには、うまくコンテンツを作ることも必要だ」という。東京工業大学の伊賀氏は、「小学生でもプログラミング教育は苦手で嫌がる子どもがいるだろう。AIのニューラルネットを記述する言語も時代によって変化している。ただ言語ができるだけでは意味がなく、何をやろうとしているかが大切だ」と方向性を示す。

 

中央大学の白鳥氏は、「私たちはマシン言語でデバッグした最後の世代で、その後でコンパイラや高級言語が出てきた。立ち位置の背景にはアルゴリズムがある。これは小学生でも同じことで、高級言語を学んでコンピューターを学んだと思わないでほしい。さらにいえば、プログラミング教育に力を入れるだけでなく、(アルゴリズムを考える基礎となる)日本語の教育にもさらに力を入れてほしい」と語った。

 

司会の安藤氏は、「これまでにも、あっというようなアイデアや答えを出す学生もいる。しかしセキュリティも含めた情報教育は大学からでは遅い。初等中等教育から実施しないとならない。ようやく文科省も覚悟を決めた。この分野に知見があり元気なシニアにコントリビュートしてほしい」と座談会をまとめた。

 

第二部は6人が登壇。こちらも錚々たる面々がならんだ。セキュアIoTプラットフォーム協議会 理事長でこのイベントの実行委員長である辻井重男氏は、「日本の研究力衰退に危機感を抱いている。一方でリタイアした65歳以降の人、70代、80代の人たちは、自由に研究や活動ができるのではないか。居場所をどうやって作るか、学会に行くぐらいの費用をどう工面するかなどが課題だろう。今日の座談会の登壇者はシニアになっても研究活動を続けている。ヒントが得られるのではないか」と切り出した。司会は、中央大学研究開発機構 機構教授の片山卓也氏と、情報通信研究機構 経営企画部 統括 兼 サイバーセキュリティ研究所 上席研究員の盛合志帆氏。登壇者の熱のこもった講演で予定時刻をオーバーし、座談会までコマを進めることができないほどだった。

最初に登壇したのは独立行政法人日本学術振興会 顧問・前理事長の安西祐一郎氏。「要職の傍ら博士(哲学)号を取得」と題して、慶應義塾塾長などの要職を歴任しながら、情報科学・認知科学の専門家が哲学の博士号を取得した経緯を講演した。「哲学と科学技術をどうつなぐかが課題で、普通はサイエンスは哲学にはジャンプできない。博士論文では、『学習と相互作用の認識論』として、認知科学による哲学の侵食について手続き論で書いた。哲学理論の客観化によりコンピューターを使って哲学理論を明確化し、将来的にはプログラム化することでロボットに載せられるようにしたい」(安西氏)。

 

京都大学名誉教授(元総長)の長尾真氏は、「自然言語処理研究から「情報学は哲学の最前線」著作(2019年)まで」と題して講演した。「人工知能(AI)と哲学はいろいろな形で関係している。情報科学をやっている人は哲学をもっと勉強する必要があるという趣旨で最新の著書を出した。哲学理論の客観化が必要で、コンピューターを使って哲学理論を明確化していく。そうした中で、言語はAIで最も重要なものであり、人間同士の対話や人間と機械の対話をいかに人間らしくしていくか、心をコンピューターに理解させることができるかといった研究を続けている」(長尾氏)。

 

「80歳を過ぎて論文発表と小説執筆の日々」という講演をしたのは、京都工芸繊維大学 名誉教授の笠原正雄氏。「1980年代に、エクスポネンシャルに発展するものの危機感を警告した。制御し難い世界を作ってしまう可能性がある。コミュニケーションでも、昔ならば電報だったが、今は小学生でも1億人に同時発信できる。危険が桁外れに大きくなる。こうした警鐘、啓発の活動をしている。論文は数百件を発表したし、作家としては小説『2センチの隙間』『リンゴの木の神様』などが出版されている。合唱団員として歌うこと、水泳をすることも、仕事人間の私が社会とつながる“2センチの隙間”だ」と幅広く深い活躍の様子を紹介した。

 

世界最高齢のアプリ開発者として知られるブロードバンドスクール協会 理事/メロウ倶楽部 副会長の若宮 正子氏は「定年後、アプリ開発から国連基調講演まで」と題して最近の活動を紹介した。その中でもエストニアの視察について時間を割いた。「ITエバンジェリストとして、電子政府化が最も進んでいる国といわれるエストニアを視察してきた。G20の下部組織において、『年寄りが電子政府をうまく活用できない』という課題が明らかになり、現地のシニアが電子政府国家にどう対処しているかを見てきた。エストニアでは、高齢者が電子政府に満足している様子がわかった。それは利便性が高くて満足できるサービスが提供されているからであり、ユーザビリティにこだわっているから。日本のマイナンバーカードは使いにくいので愛されにくい。現地で高齢者にWebアンケートを実施したところ、電子サービスの利用は84%に上り、デジタル化で暮らしの幸福度が上がったという高齢者が93%にも上った。土地よりも情報が大事だというエストニア国民の生き方や哲学を感じた」と積極的な活動と興味深い分析について講演した。

 

マルチメディア振興センター 情報通信研究部主席研究員の三澤かおり氏は、「ICT分野での調査研究を通じた経験」と題して、総務省系研究機関での女性の研究の状況を紹介した。三澤氏自身は、韓国のICT分野の調査が専門で、「韓国は5Gを先進的に取り入れている。5Gのニーズが2020年までは続くだろう。一般財団法人の研究職では女性の研究員も多く、男性はどちらかというとおとなしめの印象すらある。女性は、学生時代の専攻に固執せず柔軟性が高いことや、コミュニケーション能力が高くて発表の機会をうまく活用するといった特性がある」と、女性の研究職について分析した。

 

最後にセキュアIoTプラットフォーム協議会 理事長の辻井重男氏が、「暗号学者の戦争体験とサイバーセキュリティ―理念と現実」と題して講演した。辻井氏は、「歴史と数学が趣味だった。理念と現実を軸にサイバーセキュリティの研究を続けてきた。理念構築の際には現実をよく見なければならない。客観的な視野で論理的な視点が不可欠だ。『自由の拡大』『安全性向上』『プライバシー保護』の複数の概念をどうやって持ち上げていくか。これら3つの概念をアウフヘーベン(高い段階で統一して解決する)する三止揚を実現するため、セキュアな社会基盤の構築が必要だ」と氏の研究活動とセキュアIoTプラットフォーム協議会の活動の意義について語り、3日にわたるイベントを締めくくった。