在宅ワーク時代のハンコ代わりに「信頼できる電子署名」を

「押印がなければ会社に行かなくて済むのに」。こうした嘆きの声が多くの働き手の口から漏れるようになったのは、2020年の時代を象徴することだろう。

新型コロナウイルスの影響で、働き方に変化の圧力が加わっている。これまで何度も旗が振られてきたにもかかわらず定着しなかった、在宅ワークなどのテレワークが急速に広まったのもその1つ。業種や業態によって、テレワークなど夢のまた夢ということももちろんあるが、一定の割合のオフィスワーカーはテレワークでも業務が回ることを実感することになった。そこに壁として立ちはだかるのが、日本のビジネス慣習に埋め込まれたハンコの文化だ。紙の書類への物理的な押印は、「出社」とセットの仕組みだったのだ。

これまでの合理性がコロナ禍で裏目に

「これまでの日本では、商慣習、法制度、裁判判例の3つがひもづいて、ハンコが便利で手軽な社会になっていた」。こう指摘するのは、電子契約サービスの「クラウドサイン」を提供する弁護士ドットコム・取締役で、クラウドサイン事業部長を務める橘 大地氏。ハンコが明治時代に一般に広まったのは、当時の日本は識字率が低いために筆記によるサインの浸透が難しく、押すだけのハンコの利便性が高かったからと説明する。印鑑登録制度により本人確認ができること、押印があれば本人が作った文書だと保証する判例が出てきたことなどから、とりわけITソリューションがなかったことからもハンコが広く浸透していった。「郵送・対面・物理主義に基づいた合理化によりガラパゴス化が進んだ。日本企業の働き方が多様化せず、全員が会社に出勤するなら、ハンコが会社にあることで問題はなかった」(橘氏)。少なくともインターネットが普及するまでは、ハンコは非常に合理的で手軽な確認手段だった。

▼クラウドサイン事業を推進する弁護士ドットコム 取締役の橘 大地氏
クラウドサイン事業を推進する弁護士ドットコム 取締役の橘 大地氏

一方で、インターネットが普及するにつれ、ハンコの弊害が見え隠れしてきたのも事実だった。「弁護士ドットコムは、創業者が弁護士で、私自身も弁護士活動をしてきた。例えば企業再生案件では、多くの融資先との契約が必要になる。押印が必要な紙の契約書を作成するのに3日かかるとして、20件の融資先があったら60日かかってしまう。一刻も早く契約を締結して案件を前進させたいのに、契約処理に時間がかかりすぎる。海外では電子契約により1日で済ませられることが多く、スピード差は歴然としていた。ハンコしか選択肢がなかった日本に、電子契約という選択肢を作りたかった。それがクラウドサインの原点になった」(橘氏)。

▼クラウド型の電子契約サービス「クラウドサイン」。パソコンでもスマートフォンでも手軽に利用できる
クラウド型の電子契約サービス「クラウドサイン」。パソコンでもスマートフォンでも手軽に利用できる

こうした経緯で、弁護士ドットコムは2015年にクラウドサインのサービスを開始し、着実に利用者を増やしてきた。法制度の面でも、徐々に規制緩和が実現し、書面に押印があるものだけでなく、電子署名のある契約書が裁判でも認められる。そうした中でハンコ中心の契約文化の日本をコロナ禍が襲った。橘氏は、「従業員の生命安全保護を第一に考えると、在宅で仕事をしなければならない。会社にハンコがあっても、押印のために出勤するのは控えたい。電子的なやり取りで契約が完結する必要が急速に高まってきた」と振り返る。自社は出社が前提でハンコを押すことができたとしても、相手先の企業が完全在宅勤務だったら押印を求めることはできない。電子署名を使った電子契約が日本でもようやく必然性を持って受け入れられるようになってきた。

電子契約の中核を担う電子署名のセキュリティを向上

紙の契約書に押印する方法に代わる、電子契約サービスのクラウドサインとはどのように使うものか。橘氏は「クラウドサインでアカウントを作成してログインし、契約書をアップロードして、送信先を設定して送るだけ。受信した側はパソコンでもスマートフォンでも書類を確認でき、「契約に合意する」ボタンを押せば良い。合意のボタンを押した時点で契約が成立する」と説明する。これならばハンコは不要で、場所も問わず様々な契約を交わすことができる。

▼わかりやすいユーザーインタフェースで電子契約が可能な「クラウドサイン」
わかりやすいユーザーインタフェースで電子契約が可能な「クラウドサイン」

電子契約の重要な位置を占めるのが、「電子署名」の仕組みだ。ここでいう電子署名とは、電子ファイル(契約書)の作成者を特定し、電子ファイルが改ざんされていないことを証明するための暗号処理の仕組みのことを指す。クラウドサインのサービスで交わされる契約書などの電子ファイルに有効な署名パネルに電子署名が記録されており、作成された時点から後に内容が変更されていないことを示すことで、契約書が正当なものであることを証明するのである。

クラウドサインでは、2020年6月10日にこの電子署名の仕組みをアップデートした。「法律とセキュリティへの投資を一番に考えて辿り着いた」と橘氏がクラウドサインのこれまでの取り組みを語るように、セキュリティ面での機能向上を目指したものだ。電子署名に利用する証明書として、認証・セキュリティサービスを手掛けるサイバートラストの仕組みを採用した。具体的には、サイバートラストの「iTrust(アイトラスト)」シリーズの「iTrust 電子署名用証明書」と「iTrust リモート署名サービス」を、クラウドサインとシステム連携し、電子署名の安全性を高めたのである。

Acrobat Readerで電子署名を可視化できるように

クラウドサインがサイバートラストのiTrustシリーズと連携した理由は主に2つある。1つは、アドビシステムズが認定するルート証明書リスト(AATL:Adobe Approved Trust List)に対応した証明書を使うこと。AATLに対応した証明書を使うと、電子署名したPDFファイルをAdobe Acrobat や Acrobat Reader などで開いた際に、署名パネルを見るだけで電子署名が有効であることや改ざんされていないことが特別な仕組みを使わずに視覚的に確認できるようになる。契約書などを監査する必要があるときに、手元のAcrobat ReaderでPDF書類を開くだけで、作成者の正当性や改ざんの有無を証明できる。

▼Acrobat Readerなどの「署名パネル」では、AATLに対応した証明書の状態や署名後の改ざんなどが可視化される
Acrobat Readerなどの「署名パネル」では、AATLに対応した証明書の状態や署名後の改ざんなどが可視化される

もう1つは、信頼の源泉である「トラスト」を確固たるものにすること。サイバートラストのiTrust 電子署名用証明書は、国際的な電子認証局の監査規格である WebTrust for CA 監査に合格している。国際的な第三者に認められた証明書であり、信用力が格段に高い。またリモート署名の基盤であるiTrust リモート署名サービスを利用することで、証明書や秘密鍵がリモート署名基盤から外部に出ることなく電子署名できることも、信頼性の高い電子署名の利用につながっている。リモート署名基盤を利用することで、証明書や秘密鍵の管理のコストや手間をかけずに、電子署名を実現できるメリットもある。「契約ではトラストがどこにあるのかが重要。例えば、日本の通貨ならば取引の当事者ではない日本銀行という第三者機関がトラストしている。クラウドサインでは、第三者機関であり国際的に認められたサイバートラストの電子認証局を使うことで、トラストの価値を高めた」(橘氏)。

クラウドサインを利用した契約は、サイバートラストの証明書を利用して電子署名がなされている。日々交わされる契約が、Acrobat Readerで簡単に安全を確認できるようになっている。クラウドサインの現在の契約社数は8万件に上る。それもコロナ禍が国内で大きな問題になった4月には6500社以上の新規導入があり、前年同月比で310%という急成長をしていると橘氏は説明する。これまでなかなか進まなかった電子契約へのシフトが、急速に進んでいて、それらをサイバートラストの証明書と基盤が支えているというわけだ。

▼電子契約が当たり前になる社会への変革を説く
電子契約が当たり前になる社会への変革を説く

橘氏は、現状と今後について「各業界の最大手企業はクラウドサインを選択している。ペーパーワークが多い、金融、不動産、人材といった業界で特に利用が進んでいる。しかし、まだ最大手企業であっても契約総数のすべてをクラウドサイン化したとは言い切れない。電子契約サービスは、その特性から一定の企業が導入し、取引先となる多くの企業、ひいては社会に受け入れ始められた段階に過ぎないが、IT企業などでは電子契約に全面移行する例も増えている。スタートアップ企業などでは実印を持っていないケースも多く、アナログ企業に合わせると事業スピードへの影響も大きい。今後は、電子契約でなければ取引先に受け入れられない、電子契約が当たり前の社会を作っていきたい」と語り、ハンコ以外の選択肢がある社会へのシフトに力を入れていく。