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「2022年度 第3回光輝会ジョイントフォーラム」その2
特別講演編「若者のオンライン理科教育」と「メタバースのセキュリティ対策」

中央大学理工学部で開催された「2022年度 第3回光輝会ジョイントフォーラム」。当フォーラムでは、研究活動のみならず、複数分野で活躍される二刀流の研究者の話や、新たな社会基盤として注目を集めるメタバースのリスク評価、さらには耐量子暗号の考察など、幅広い観点で日本を代表する研究者よる議論が公開された。主催は(一社)セキュアIoTプラットフォーム協議会 シニア・女性光輝研究会。本稿では午前と午後の特別講演について紹介する。

若者のオンライン理科教育はどう変わる? 岐阜サマー・サイエンス・スクールの成果

午前の特別講演では、東京工業大学 栄誉教授 末松安晴氏が「若者のオンライン理科教育」についてリモートで解説した。

東京工業大学 栄誉教授 末松安晴氏

もともと同氏は、文科省の会合から若者の理科教育に興味を持ち始めたという。そこで1995年に岐阜サマー・サイエンス・スクール(GSSS)を立ち上げ、若年世代の理科離れに一矢を報いようとした。コロナ禍になってからは対面教育ができなくなり、オンライン教育へと移行することになったが、それにともなって逆にメリットも現れているという。そこで、今後はオンライン教育やオンラインワークを広げていくことが望ましいと考えるようになったそうだ。

現在、日本は国際的にみても教育経費の予算が低くなり、OECD諸国の中では下から数えたほうが早い状況になっている。企業で博士号を取得した数も4%ほどしかない状況だ。人口100万人にあたりドイツは300名だが、日本は130名ほどしかない。中国は2007年ごろから米国と肩を並べるようになった。同氏は「こういった若者の理工系離れにより、科学技術人材が劣化するだろう。具体的に行動していく必要がある」と訴えた。

最近では「理系出身者は不遇」という社会通念もあるようだ。科学技術の面白さを伝え、文化・教養の一部として浸透させたいという声も上がっている。そんな経緯もあり、同氏は冒頭のGSSSを中学生を対象に開催し、オンラインで理科の面白さを伝えているところだ。本スクールでは子供たちにミニチュアの蒸気機関車を作らせたり、ロボット教育の一環でホンダのヒューマノイドロボット「ASIMO」のデモや、からくり人形のデモを実施したり、特別講義で著名人を招聘するなど、さまざまな学びの場を与えてきた。

ノーベル化学省を受賞した、名古屋大学特別教授、前理化学研究所理事長の野依良治氏を招聘したGSSSの特別講演の様子。

2021年からオンライン教育に移行したが、中学校にサテライト局をつくり、そこでも勉強できるようにした。名古屋大学や大阪大学の元総長などに講義を依頼し、講義ノートを作って授業を実施し、翌日には講義の振り返りとなる「GSSS通信」という新聞も発行した。現在は科学教育として、物理、生物、機械、電子工学の4本柱でリモート講義を行っている。さらに特別講義として、次節に適う人を毎年招聘。講義支援はビッグバン研究会のメンバー90名がサポートしている。実習実験には、光ファイバ通信のキットを受講者に郵送しているという。

昨年度の岐阜サマー・サイエンス・スクール(GSS)の講義ノート。オンライン開催で実施され、テーマは「聞いてみよう科学の扉」。

オンライン化されたことで副次効果も出た。生徒の参加費は1万5000円から500円と30分の1に減り、参加者も60名から244名と4倍に増えている。参加者のアンケートも「良く理解できた」と好評で、「今後は光通信以外の実験も増やして欲しい」という要望も出た。同氏は、この中学生のサマースクールが全国各地で広がっていくことを期待している。

ただし、オンライン教育だけでなく、オンラインワークとしても活動を進めるためには、まだ課題も残されている。まずセキュリティの確保だ。次に会食・会合時などで同じメニューを同時に提供できる物流ネットワークの構築や、海外展開における自動翻訳システムの開発、このほか文化的な側面として、世界に対抗していくために「横書きの文化」を定着させることなどを挙げている。 このように最強の技術を安全技術に展開し、それらを定着させて高効率な社会をつくることが、資源弱者の日本という国を強め、人材が豊富で、借金のない国にする手段になるだろう。

メタバースを普及するために求められるリスクアセスメントの具体的なアプローチとは?

午後の特別講演は、東京電機大学 名誉教授の佐々木良一氏が登壇し、「メタバースのリスクアセスメント」をテーマにオンラインで解説した。

東京電機大学 名誉教授の佐々木良一氏

「Metaverse」(メタバース)とは、「meta」(超)+「universe」(宇宙)の造語で、コンピュータ・ネットワークの中に構築された3次元空間やサービスのことを指す。1992年にニール・スティーヴンスンが発表したサイバーパンク小説「スノウ・クラッシュ」に登場した架空の仮想空間サービスの名称から始まった言葉だ。近年、メタバースの利用が拡大するなかで、セキュリティに関する話題が上がるようになり、そのリスクと対策の明確化が求められるようになってきた。

メタバースの世界は、厳密には2つに分かれるという。1つは狭義の意味でのメタバースで、ゲームなどで都合の良い世界を作る仮想現実の「VR」(Virtua Reality)であり、もう1つは現実世界とそっくりなミラーワールドを疑似現実「デジタルツイン」でつくり、そのシミュレーション結果をフィードバックすることで、現実世界を良くするというものだ。ここでは、この2つを合わせてメタバースと呼ぶことにする。

メタバースの世界にアクセスするには、ゲームやCGなどのVR(仮想現実)であれば「非透過型HDM」(ヘッドマウントディスプレイ)を使用する。作業支援などを行う複合現実の「MR」(Mixed Reality)では「透過型HDM」を使い、拡張現実の「AR」(Augmented Reality)ではスマートフォンやゲーム用PCを利用する。メタバースの例には、ゲームやライブ、スポーツ、観光などのエンタメから、ショッピング、会議、SNS、職業訓練、手術などビジネス寄りの事例まで多くのものが挙げられる。

最近はKDDIなどが運営する仮想都市「バーチャル渋谷」や、メタバース会議システム「Horizon Workrooms」などが登場している。一方、ミラーワールドにおけるバーチャル訓練には、マイクロソフトのMRである「ホロレンズ」を使ったものや、MR機能を持つ専用メガネを利用して患者情報を空間に表示しながら医療に活用するバーチャル手術も登場している。

マイクロソフトのMRであるホロレンズによるバーチャル職業訓練の例。同社は意識的にビジネスへの対応を指向している。

メタバースのメリットは、時間・距離の制約がないクラウド上で利用でき、テレワークやオンライン会議と相性が良い点だ。またVR/MR/ARといった仮想空間で日常あるいは非日常のシーンを利用できる点や、アバターの介在で人とのつながりを代行して交流の幅が広がる点などがあるだろう。その反面、ゲームなどで依存症になったり、視野が狭まって同じ意見が増幅されてしまうエコーチェンバーや、プライバシー保護の問題、そしてセキュリティの問題も浮上している。

したがってメタバースを普及させるためには、こういったリスクを事前にアセスメントしておく必要がある。どういったリスクがあるかを特定し、それを分析して評価しなければならない。そのうえでリスクの発生確率と影響度を考慮しながら、対象に応じたリスク対応を行うことになる。

そのために、佐々木氏らは「多重リスクコミュニケータ」(MRC)を開発し、提唱しているところだ。このMRCでは、多数のリスク間の対立を回避し、1つの対策だけでなく最適な対策を組み合わせ、多くの関与者の合意形成を得るコミュニケーションが取れるアプローチだ。たとえばリスク対策案が①~④まであるとき、これらを組み合わせ最適化問題として定式化したうえで、関与者の合意が得られるまでパラメータや制約条件を変えて最適化エンジンで解を求めるという流れだ。

佐々木氏らが開発した多重リスクコミュニケータ(MRC)の概要。多くのリスクを特定し、それを回避する複数手段を組み合わせて最適な組み合わせを求める。さらに多くの関与者の合意形成を図り、それらをフィードバックする。

佐々木氏の研究では、このMRC機能でリスクコミュニケーションを拡張し、合意形成者が1000人を超える問題にも適用できる「Social-MRC」を開発した。第一階層で従来のように数人の関与者(オピニオンリーダ)が意見を戦わせて合意形成を行い、その過程をストリーム配信して最適結果として示す。次の第二階層において、一般関与者の意見を入力する仕組みを作り、有益な意見(Twitter入力)を機械学習で自動分析し、第一階層の関与者にフィードバックしていく。これを青少年に対する情報フィルタリングに適用したという。

MRC機能を発展させた「Social-MRC」の概要。1000名以上の意見を聞いた事例。専門関与者(オピニオンリーダ)に加え、一般関与者のSNS(ここではTwitter)の意見を取り入れて、より有益な意見を反映させていく。

また、もう1つMRCでは、メタバース向けのリスクアセスメントに関する拡張として「MRC-MV」なども開発した。これは情報システムのリスク要因となりやすいポイントを明確にして、各種対策をリストアップする。そのうえで対策コストや使い勝手などの条件のもと、リスク低減効果が最も得られる対策案の最適な組み合わせを求めるものだ。たとえば、これにより、メタバースゲームを対象としたリスクアセスメントも試行した。

MRCの機能を拡張・開発した「MRC-MV」の全体フロー。これによりメタバース向けのセキュリティに関するリスクアセスメントの最適な対策の組み合わせを実現する。

通常では「情報のCIA」(Confidentiality、Integrity、Availability)として機密性、完全性、可用性に加えて、安全性(Safety)がリスクアセスメントの対象として挙げられる(手順1)。それぞれについてメタバース上でのリスクを考えると、「アバター経由でのプライベートな会話の盗聴」「得点や掲示物の改ざん」「ゲーム進行の妨害」「転倒などによるケガの誘発」(現実世界)などがあるだろう(手順2)。

こういったリスクの構成と情報の流れ図を作成したうえで(手順3)、いろいろなリスク要因をピックアップする。メタバース特有のものとしては「見えないアバターを利用して盗聴する」「通信路を傍受する」「メタバース用のサーバにDDoS攻撃を仕掛けてゲームを停止させる」といったことが思いつくだろう(手順4)。さらにリスク要因で抜けがないようにするために、リスク指標として「アタックツリー」と呼ばれる手法で、ツリー構造で抜けをチェックしていく(手順5)。

次に要因ごとにマトリクスを使ってリスクの大・中・小を評価する(手順6)。ここでリスクレベルが高いものは対策案をリスト化して(手順7)、コストや使い勝手の制約条件のもとで効果を最大化できる組み合わせをモデル化し(手順8)、最適な対策の組み合わせを得るという流れだ(手順9)。 このMRC-MVによって、メタバースのリスクアセスメントの対策案31件のうち17件が有効であることを確認したという。いま本手法をメタバース利用ビジネスに適用し、改善点をブラッシュアップしているところだ。この改善結果をメタバース推進協議会やSIOTP協議会、JSSECなどのメタバース・セキュリティチェックリストに反映させて、アプリ開発者に提供していく予定だという。

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